2008-01-13

『貸し込み 下』  黒木亮



下巻を読んで特にハラハラするという事はあまりなかった。そういう意味では黒木亮の作品としては今ひとつだったのかもしれないが、裁判の流れや手続き方法といったものはとても勉強になった。

というのも、今回の話の舞台は日本の銀行の普通の融資についてであったし、同業者の私としては裁判の部分以外はすべて日常的に自分がやっている仕事だから(ただし、現在は支店勤務ではないので非日常的かもしれないが・・・)。

そういう意味ではこの小説は私にとってはエンタテイメント性に欠けている。

エンタテイメント性にかけている分、何故このような問題が日本の銀行では起こるのかということを考えて読んでいた。

金融緩和が進む前の護送船団だった頃は、新しい市場や商品を開拓する事はできず、与えられたパイの中で金融機関がひしめきあっていた。

「規模でトップになろう」とか、「収益性でトップになろう」といったところで、総和は決まっていたのだから結局のところパイの奪い合いでしかそれを達成する事はできない

そういう状況で「過剰ノルマ」を与えられた銀行員たちは、新しいアイデアや商品を考えることもできないし、よそ(他行)にあるものをどうやって奪うかしか達成する方法がなかった。

そういう状況の中で出てきた問題がこの小説にこめられていると思う。


時代は変わって金融の規制緩和は進んだし、新しい法律もできて以前のような問題は今後は減少はするであろう(減少しなくてはいけないし)。

ところが規制でがんじがらめだった頃の弊害が未だに残っているのも事実だ。

現在の金融機関の職員の大半は護送船団時代をすごした人間である。新しいことを考えるということの必要性に迫られなかった人間たちだ。

この人間たちの特徴は、問題点が出てきても改善する方法を考えることができない。そのため、問題が発生した際はひたすら「隠す」という方法しか手の打ちようがないのだ。経営陣層にこういった人間が多いと思う。以前の不祥事がぼろぼろ出てくるというのはこのためだろう。

また、若手もそのような経営陣の姿を見て仕事を覚えていくわけだから、「解決策」や「改善策」ということを考えることができない。

そのため、いくらチェック機能を強化しようが相互牽制を行おうとしても、それが何故やられているのか解釈しようともせずにただ余分な仕事が増えたとしか考えないから金融機関の不祥事は減っていかないと思う。


本当に日本の銀行は思考回路が停止している部分が多い。

景気の上昇で金融機関は好決算が出ているといわれている。ただしそれはあくまでも景気という外回りがそうさせたもの。それぞれの組織で自助努力でできた好決算かといえばまだまだ不透明感が強い。


組織の思考回路が正常に回復するまで、金融機関の厳しい状況は変わらないと私は考えている。


追記

黒木亮氏のインタビューが社長TVに公開されています。
この作品を書くにいたった経緯や作家デビューのきっかけなどのインタビュー映像が見られます。
こちらもご覧ください。
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