2007-11-26

東海地方でSuica

コンビニのミニストップに寄ったら、当然イオングループなので電子マネーのワオンが使えるわけですが、提携しているSuicaまで使えるとは。

しかしこれは全国企業と、全国に名は知られているとはいえ一地方鉄道会社であるJR東日本との提携のしがらみか。

この地方でSuicaといわれても・・・。

持ってはいますが、2枚も。

それよりもJRグループ内は地域会社ごとに一般ショップでの電子マネーの住み分けをさせればいいのに。

仮にToicaが一般ショップで使用可能になっても、ミニストップでは使えるようにしないということなのだろうか。


それとも、JR東日本のSuica全国制覇の企みなのか???

2007-11-24

On 17 Oct. New York City 4th. Wall Street.



この日はニューヨークを歩いて眺めてみようということで、マンハッタンを南からブロードウェイに沿って歩いてみることにしました。

スタートは金融マンなら一度は行ってみたい世界最大の金融の地、Wall Street。

知らないことの凄さなのか、大きい通りに金融機関のビルが乱立していて、知的な雰囲気が漂う街をイメージしていました。



行ってみてびっくり。ウォール街は大きい通りでなく、ブロードウェイの裏通りといった感じ。あまり道幅が広くない道路の両側には石造りの古い建物がびっしりと並んでいます。

ガラス張りの金融タワーを想像していた僕にはちょっとイメージが違いました。

でも、それが歴史あるウォール街の本来の姿なんだと。とっかえひっかえ建物を変えるのではなく、長年使い続けられた建物にしかない雰囲気がウォール街には満ちています。



ブロードウェイからウォール街に入った最初の角にはニューヨーク証券取引所があり、







向かい側には初代大統領、ジョージワシントンが大統領就任宣誓をしたFederal Hall National Memorialがそびえています。


これら以外にも全米最古の銀行、The Bank of New York Mellonや、Deutsche Bankなどのビルも。

胸弾む街、ウォール街でした。

On 16 Oct. New York City 3rd. Ellis Island.



Battery ParkからのCircle LineはStatue of Liberty、Ellis Islandを廻ってBattery Parkに戻ってきます。

日本で計画を立てているときはEllis Islandがどういったものかも知らなかったし、フェリーがここを寄ることも知らなかったので、行く予定はなかった。

フェリーに乗って初めてEllis Islandのことを知ったぐらいなので、せっかくなので下船して入ってみました。

こちらは最初からオーディオガイドをレンタルして館内を廻ることに。



この島は、アメリカが移民を大きく受け入れていたときの移民局があった場所。

アメリカは移民の受け入れで発展していった国ですから、このEllis Islandが発展の出発点となっていたわけです。

アメリカで成功しようと様々な思いを胸にアメリカへの移住を決意した移民たち。
まさにアメリカンドリームを感じさせる場所であると同時に、ここは移民たちにとって試練の場所でもあった。

入国には様々な条件があったようで、健康面はもちろんのこと、移民量を調節するため経済的条件もあったようだし、また出身国ごとに受け入れ人数も後年は決められたようで数から漏れてしまった人もいるようです。

出身地での財産をすべて投げ捨てて移民船に乗った人たちにとって、この入国審査は相当厳しいものであったでしょう。



建物の中は資料館になっていて、オーディオガイドに従って歩いていくと移民と同じ足跡をたどることができます。

まずは入国管理官の口頭試問を受ける場所、健康診断を受ける場所、仮眠をとる場所、入国が完了するまでの関門を順番に見ることができます。

それ以外にも移民が持ってきた所持品、来ていた服、乗ってきた船の模型など、様々なものが展示されています。



その中には移民のパスポートも。
日本人のパスポートを見つけました。

当時のパスポートは身長に特徴まで記されている。

渡航の理由は「夫の呼び寄せにより」となり、年齢は18年6ヶ月。

18歳で既に結婚していて、先に夫はアメリカに渡っていたのか。

今でいえば高校を卒業したぐらい。
そんな年齢の女の子が知らない国へ移民として渡っていくのは、一体どんな気持ちなんだろうか。

このEllis Island、「アメリカに行く」という言葉に、現在の単に旅行に行くということ以上の意味があることに気がつかされた場所でした。

2007-11-15

もっと早く知っていればよかったのに。

こんなブログを見つけました。

ニューヨークの遊び方。

http://nyliberty.exblog.jp/


現在在住の人が書いているブログなので、ガイドブックのように味気ないものではなく、日常間がある感じ。


行く前に知っていればまた違ったかもしれないけど、それも後の祭り。


また行きたいなとの思いが、さらに強くなるブログです。

2007-11-11

On 16 Oct. New York City 2nd. STATUE OF LIBERTY.



自由の女神、Statue of Libertyが近づいてきました。

フェリーは自由の女神の左手から右手方向へ回り込むように桟橋に到着します。

どの角度から見ても、どの距離から見てもその存在感は圧倒的。それがアメリカの象徴の1つである所以かもしれません。




自由の女神は、現在は最上段の「頭の部分」まで上ることはできませんが、像が立っている台座までは上ることができます。

中には自由の女神の歴史や、フランスから寄贈された際の式典の様子などが展示される資料館にもなっています。
知らなかったのですが、女神が右手に持っているトーチの上部部分は何度か作りかえられているようです。その1つが展示されていました。

資料館を含め、台座に入るまでのセキュリティーはとても厳しかった。ほとんど飛行機のセキュリティーと変わりません。
まず飲み物が持ち込めないのは当たり前。金属探知装置もくぐります。当然ベルトもはずし、靴も脱がなければなりません。

そして上部に上がる際にはもう一度エアーチェック(というのかわからないが)があり、二重のセキュリティーです。



台座部分は一周でき、足元から女神像を見ることができます。
近すぎるためそこから顔の表情を見ることはできませんが、でも圧倒感があります。
また、台座から眺めるマンハッタン、そして海の眺めはどれだけ長い時間いても飽きさせることはありません。



リバティー島は全体が公園になっていて、中にはオーディオガイドがあり有料でレンタルすることができます。もちろん英語以外にも日本語のガイドも用意されています。

オーディオガイドを聞きながら島をぐるりと回る一人ツアー。

女神像にゆかりのある人物の像の前で、その人の功績を紹介したり、女神像ができるまでの歴史を音声で楽しむことができます。
本で読むよりも、物を目の前にして音声で解説されるため、より実感がわいてきますね。

島を1週してお土産も購入。

このあとは再びサークルラインに乗り、アメリカ発展の玄関口となったEllis Islandへ向かいました。

On 16 Oct. New York City 1st. BATTERY PARK.



今回の旅行で唯一日本で手配したチケットが自由の女神への入場券。
購入するのに長蛇の列というので、これだけはインターネットで取っておきました。
しかし初めての海外のチケット購入だったため、ホントに取れているのか不安がありましたけど、ちゃんと私の名前が書かれたチケット封筒があって一安心。

インターネットで予約したので、てっきり名前とクレジットカードを見せればいいのかなと思ったら、ちゃんと一人ずつ袋詰めされているのが意外でしたね。


このチケット、リバティー島へ行くためのフェリー、Circle Lineのチケットです。



ホテルを出てすぐに地下鉄。
地下鉄を降りてもすぐにフェリー発着場のBattery Park
ジョギングしている人がホントに多い。
朝早かったからか、公園を行き来する人はフェリーに並ぶ観光客だけ。もっと人が入り乱れているのかなと思いましたが、思いのほか静かな感じ。



海から見たマンハッタン。それはもう映画のシーンそのものでした。
思った以上にビルが密集しているんですね。
そして、古い石造りのビルと、新しいガラス張りのビルが入り乱れているのが、いかにもニューヨーク。リバティー島へ行くまでのフェリーから見るマンハッタンはそれだけで感動に値するもの。

そして、振り向けばあの「自由の女神」が待ち構えています。

2007-11-06

Google Calendar

先日携帯電話のスケジュール帳で書いたが、Google Calendarを使い始めました。

まずPC上での使用はとても使いやすい。


入力用画面に行かなくてもそのままできるのがいいですね。

そして時間の変更がマウスのドラッグでできるのがまた使いやすい。


ベータではありますが、携帯でも使用可能。ただし、閲覧のみ。

表示は日付、時間順であるため、若干見難さも否めないが、時系列で並んでいるのでブッキングの心配はなさそう。

一覧性が今ひとつといったぐらい。

いってもそれ程予定が立て込むことはないため、新しい予定はメールでPCに飛ばし、PCで予定を組み込めるという手順でも十分対応可能。


問題点は、携帯のフルブラウザではダウンロード容量が不足し使用できない点。

やはり解決はスマートフォンしかなさそうだが、十分に使用に耐えうるものだと思う。

2007-11-03

On 15 Oct. San Francisco 9th. go to New York City



いよいよサンフランシスコ最終日。

よくよく考えたら、拠点にしているUnion Squareに行っていないことを思いつきました。

周囲は普段人であふれていますが、さすがに6時台の早朝だけあった静かな感じ。
明るくなり始めた空と、電飾の残った建物が綺麗にマッチングしています。



数時間後には初めての海外国内線に乗らなくてはなりません。

名残惜しいホテルをあとに、サンフランシスコ国際空港に向かうことにしよう。

On 14 Oct. San Francisco 8th. San Francisco Last Night



サンノゼをあとにし、再びカルトレインでサンフランシスコに戻ってきました。
もう少しサンフランシスコの町を歩いてみることに。

カルトレイン駅から徒歩数分のところにSan Francisco Dodgersの本拠地AT&T Parkがあります。

このあたりはサンフランシスコの中心街からは少し離れるため、メジャーリーグの試合がないときは割りと閑散とした感じですね。

近くにあった本屋さんに入ってみました。

その後もチョコチョコと本屋には寄ったのですが、アメリカの本屋はどこも地元のガイドブックや地図がお店に入ってまず目の前に用意されています。

それだけ観光客が多いということなのでしょうか。とても便利。

さて、明日はいよいよ移動です。

早くホテルに帰って荷造りをしなくては。

On 14 Oct. San Francisco 7th. Japantown San Jose

  

サンノゼには全米屈指の日本人町があります。



前にテレビで日本人町の夏のお祭り「盆踊り」を見たことがあって、なぜか行ってみたくなりまして。
そのときはとても人が多くてにぎやかな感じがしたのですが、いざ行ってみると人はまばら。もちろん、住宅街ですので中に大型ショッピングセンターなんかがあったりするわけではないのですが、ひとつの民族のコミュニティー、それも全米で最大規模と効いていただけに、若干寂しさも感じましたね。




それにしても日本人町はやはり日本に満ちてました。

サンノゼ別院というお寺もあるし、その隣の建物では歌謡ショーもやっている。

アメリカに到着して2日目。まさかこんなところで演歌を聞くことになろうとは思いもしませんでしたが、何か懐かしい感じでもありましたね。

お寺の前の道路には「停車禁止」と漢字で書かれた張り紙までありました。


さて、せっかく日本人町に来たのですから、ここでは日本食を食べようと思い、おすし屋さんへ。なんとここにも回転寿司があったのです。



回転寿司の方は席が一杯だったので、テーブル席へ。

アナゴやはまちなど、日本おなじみの寿司ネタはもちろん、アメリカならではのカリフォルニアロールなんかもしっかりと。



笑えたのはビール。

瓶ビールを注文したとき、店員さんが「スーパードライでいいですか?」って聞いてきました。何から何まで日本人町です。

そして出てきたのがこのビール。ラベルまで同じ。唯一違うのは、写真でわかりますか?クチがスクリューになっているところ。

このおすし屋さんにいる人たちは一体何人なのか?全くわかりません。

家族と話しているときも英語で話していると思ったら急に日本語の会話になったり、その逆ももちろんあって。

帰り際、レジの女の子に「みんな日本語って上手なんだね」っていったら、「店員もお客さんも半分とまでいかなくても相当数日本人がいるんですよ」とのこと。ちなみにその女の子も日本人でした。

語学の勉強に来てアメリカにいついてしまったのか、それとも親戚か誰かがこちらの日系人にいて来たのか。そのあたりの事情はともかくとして、日本語ってホントに楽ですね。

アメリカに来て2日目。現地人がなにを話しているのか理解はできないけど、単語は十分に聞き取れるように耳が慣れてきていた。話す方も弾んだ会話はもちろんできないし必要に迫られる場面もなかったけど、こちらの要求は十分に伝えることができるようになっていた。

そうなっていたときに聞いた日本語。スーッと耳に入ってきました。

On 14 Oct. San Francisco 6th. San Jose down town



CaltrainをSan Jose Diridon駅で降りて歩き始めました。

当日はROCK'N ROLL SAN JOSE HALF MARATHONをやっていて街はお祭り騒ぎ。

バンドも出ていましたね。思わずカメラを向けてしまいました。



まず目に飛び込んできたのはHewlett-Packardのパビリオン。当日はマラソン参加者用のイベントか何かをやっているようで入ることはできず。

こちらもマラソンコースになっていました。



そしてAdobeのビル。

規模の大きい会社もサンノゼに足を置いています。


サンノゼの町はLight Railが走っているのですが、乗ってもどこに何があるのかわからないので、歩くことに。

サンフランシスコと違って、山はありません。建物も密集していないし、車もそれ程多くないのでのんびりした雰囲気です。




San Jose Convention Centerにある観光案内所でタウンマップをもらって街を散策。

14日は日曜日であったこともあり、町行く人たちも少なかった。
そしてこれから大きくなっていく街だと思う。

Union Bank of CaliforniaFirst Bankがビルを建てていて、建物はできているけど現在内装中といったビルがいくつもあります。

勢いがある町にはやはり金融が集まってくるものなんですね。



サンノゼにはサンノゼ州立大学があります。

これまた休日だからか学生の姿は見当たらず。

このあとニューヨーク大学にも行くのですが、アメリカの大学は町と融合している感じがとてもします。

サンノゼ州立大学は門と壁がありますが、とてもオープンな感じで誰でもいつでも入ることができる。
構内は芝生が全面にしかれ、緑が多く、日本の街中では決して見ることができないリスがいたり。


さぁ、このあとは全米屈指のあの街へ。

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