2007-04-24

GmailでDOCOMO向けメール

メインアドレスが携帯という人が多く、携帯である程度の分量になるメールを作成することもしばしばある。

そんなときも、Gmailならば携帯からの発信にゴーストできる(この表現が正しいかは別として)のがGmailを使用している1つの理由である。


最近気がついたが、GmailでDOCOMOへ向けて発信すると、ほぼエラーが出る。

アドレスは何度も確認したが、正しい。

後は相手がドメイン拒否をしていないかを確認しなくてはいけないが・・・。


何故だ?

2007-04-17

情報発信者と情報受信者

ウェブの進化による恩恵は、大まかに言うと以下の2点だろう。

1.ブログやSNSの発達により情報発信が容易になった。

2.Googleに代表される検索機能の強化により、情報受信が容易になった。

これらは、能動的側面からウェブの進化を観察したものである。


これを受動的な表現にしてみよう。

1.ブログやSNSの発達により、情報受信されることが容易になった。

2.Googleに代表される検索機能の強化により、発信した情報が受信されることが容易になった。


これまでもネットで情報発信をしようと思えば、自らhtmlを記入しサーバにアップすれば十分に情報発信は可能であった。

しかし、それを受信者にヒットしてもらうことは容易ではなかった。


ネット発達により、10年前は世界が狭くなるといわれていたと思う。

例えば、e-mailは時差を気にせず発信しておけばよい。電話ではそうはいかないから、たしかに世界が狭くなったであろう。

この狭くなるには、時間的という前置きがある。

最近のウェブの発達と、10年前のネットの発達の本質的な違いはこの時間的という言葉にある。

ウェブの発達は時間的に狭くなったものではなく、情報受発信者の距離的な隔たりが狭くなったのだと考える。

そしてその受発信者は、お互いに意図した人物にとどまることなく、不特定多数の人間との距離が近くなっているのではないか。


距離が短くなれば、同じ時間をかけてもより多く検索をヒットさせることが可能となる。

ある本に書いてあったが、スティーブジョブスによるとiTuneではダウンロードされなかった曲が1曲もないそうだ(現在もそうであるかは、それを知る術はないが)。

10年前にiTuneのサービスを始めることは可能であったかもしれないが、距離が遠かったことを考えると、おそらく失敗していただろう。距離があるがゆえにより多くの検索ヒットを得ることができず、利用者の効用は上昇しないからだ。


情報を受信されることが容易になった現在、発信者の責任は大きい。

iTuneであれば、より多くの曲を用意していなくてはならない。距離が狭くなった故、検索ヒット数は莫大に大きくなるが、もともとのパイが小さくてはどうにもならない。利用者に高い効用を実感させるには、より多くの曲を用意する必要があるからだ。


自ら表現を行うブロガーは相手に共鳴をされる表現力が必要である。そうでなくては発信への反応(iTuneではダウンロードの数量)がなくなってしまうからだ。


ウェブの発達で距離が狭くなっている今、受信者側だけでそれを享受していても、ウェブの発達の半分しか享受していない。

発信者側でもそれを享受するためには、表現力が必要だ。

そのために、表現力を高める教養が求められる時代が来ている。

2007-04-12

『失格社員』  江上剛

短編小説集。




日本のサラリーマンに起こりがちなエピソードの小説。ある意味恐ろしい話かもしれない。

疲れた帰りの電車で読むにはもってこいの編成。そして、気軽な内容。



あとがきまでわからなかったが、モーゼの十戒がモチーフとのこと。


ミッションスクール出身である私は、モーゼの十戒の内容を知らない。

このあたりが、教養の差か。

2007-04-08

資料の棚卸 『できる人の書斎術』 西山明彦・中塚千恵

先日読んだ『会社を辞めるのは怖くない』では、退職したら人脈の棚卸が大事だと書かれている。

私は人脈を棚卸するほど人脈がないし、自分自身が棚卸をするほど判断力がついてはいない。


一方で、新しいことを身につけようとしても煩雑になりすぎていて非効率になっていたもの。

部屋を掃除することにした。

そこで読んでみたのが前から買ってあったこの本。





人間には「省エネの法則」が何事にもあるらしい。

何かを手に取ろうとしても、最短距離を通ろうとする。


とてもじゃないが、今の私の部屋はその最短距離を通ることはとても不可能。


これまでもたまに大掃除をしていたが、今回は掃除ではなく棚卸をしてみた。


99年版の金融小六法なんてどう考えても不要だろう。

商法が改正されて会社法が制定されているし、金融商品販売法も制定された。

会社で斡旋された通信講座のテキストも、法改正が関わったものは処分した。

本棚がずいぶんとすっきりした。


これで、新しいことをまた身につける「器」が出来上がった。


気分はすっきりしている。

Google Analytics導入

Google bloggerには標準でアクセス解析がないため、Google Analyticsを使ってみることに。

今まで使っていたアメーバのアクセス解析と比較し、更に細かく解析が行われるようになっている。

例えば、新規閲覧ユーザとリピータが分けて表示されたり、直帰率が表示されたり。

他にもいろいろと解析が行われているが、ただブログを書いているだけの私にはちょっともったいないなと思わせるぐらいの機能。


ネットビジネスをやっている人にとっては、このアクセス解析を使いこなせばかなりヒット率を上げることができるだろう。

だけど、それを使いこなすようになるには、統計やマーケティングについて、ある程度知識が必要ではないだろうか。


以前のアメブロで書いていた時と違い、こちらのブログに移ってからはアクセス数を増やすことはまったく意識せず、備忘録的にブログを使っているため、アクセス数はほとんどゼロに近い。

サーチエンジンで検索してもまったく網に掛からないし。

だけど、そういうスタイルでブログを使っているだけに、アクセスしてくる人がどんな人なのかは逆に気になるところだ。

2007-04-07

『会社を辞めるのは怖くない』  江上剛

私は会社で働くこと自体が好きなのではなく、仕事が好きです。

サービス残業が問題になったりしますが、会社に就職して仕事を始めてから今まで、自分の前に降りかかってきた仕事、自分がひとつ上を目指せば習得できる仕事、そしてやりたい仕事をとにかくやりこなしてやりたい。そのためには、残業しようがどうしようが、とにかく自分の身に着けることができるものは何でもやれるようになりたいと思っている。

ガバナンスの一環なのか、最近はとにかく残業に厳しい。

もちろん、第一には時間内に仕事を終わらせ早く帰りたいのが本心である。

しかし、自分が更に仕事をできるように経験をつむためには、時間を要することもある。今までやったことがないことを始めるのだから、要領はつかめないし、手際が悪いのだから。


今の会社は、社員に対してそんなことは望んでいない。

間違いの起こらない仕事だけをとにかく言われたとおりにやることを求める。


僕は自分がどこまでできるのか、その極限を観ることがまだできていない。





それを実現するために会社を変わるのも1つの手だが、それにはかなりな不安が募る。

再就職はうまくできるのか。そこで、ちゃんとやっていけるのか。

一番自分の気持ちに整理がつかないのは、「ただ会社が嫌だから辞めるだけじゃないか」と思っている部分があるのではないか。


自身がない自分に憤りを感じる毎日。

2007-04-05

『リクルートのDNA』  江副浩正




リクルート創業者、江副浩正氏の著書。

江副氏についてはリクルート事件のイメージがつきまとうが、リクルートから様々な著名人が現れるそのルーツを作った人物として興味があった。

この本でわかったことは、とにかくやり続けること、勉強し続けることがリクルートがこの大きさにまでになった理由ではないだろうか。

2007-04-01

いつ死んでも悔いの残る人生、『プロの論理力』 荒井裕樹

青色発光ダイオード中村裁判を担当した弁護士、升永英俊氏の事務所で活躍する荒井氏が実践する論理力。




常に、積極的に人生に目的を見出したい。

これを実践しようとすると、タイトルのように「いつ死んでも悔いの残る人生」となる。


私も常に積極的に人生に目的を見出したい。

しかし、会社員であるが故、人生の目的が仕事絡みになると会社が要求するものと逸脱することも発生する。

会社員が人生でもっとも時間を割くのが会社に費やす時間。であればこそ、この時間を極大化することが人生を積極的に生きてきたということになるはず。

しかし、会社にとって積極的に関与して欲しいことは、会社が求めていることまでである。

それを超えると、いささか軋轢も発生しかねない。


会社員である私が、私の人生の目的を積極的に見出し、かつ会社の利益と反しないように(というより、会社の利益になるように)する両軸がサラリーマンには求められている。

『藤巻に聞け』 藤巻兄弟

朝日新聞土曜版で連載されていた、藤巻健史氏、藤巻幸夫氏兄弟の「藤巻に聞け」の抜粋単行本化。




私も図らずも金融機関に身を置くものとして、健史氏の言動には注意をしていた。

生き物である毎日の経済についての論評は、100%誰かの発言に依存するというのは極めて危険であることは言うまでもない。

氏の経済論評よりも、そこに向かう姿勢、考え方などを参考にさせていただいている。


文章の物腰から、最前線のマーケットで勝負する人間とは思えないところもあるが、そういった一面もまた、ディーラーとしてポーカーフェイスをしなくてはならない場合の1つの方法なのかもしれない。

「ものは捕らえ方でどうにでも変わる」ということを一番教えられたような気がする人物である。

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