後2時間ちょっとで2009年も終了(現在、21:44)。
2009年ははたしてどんな1年だったのか。
まず、2008年の最終日は仕事をしていた。そして、2009年も初日から仕事をした。システムの移行があったから。前半6ヶ月は何も覚えていない。1月中は新システムに振り回されただけだった、と思う。
6月には部署の統廃合で引越し、新組織が稼動を始めた。営業担当の私は移動距離がこれまでの倍以上となり、ひたすら車を運転していたことしか思い出せない。7月の終わりには疲労がどうにも抜けなくなり夜寝られなくなったため、メンタルクリニックにも行った。
10月からは移動距離を少なくするため、名古屋へ常駐するようになった。常駐といっても設備は何もなく、会議室の長机に電話が一本、キャビネットが2つあるだけ。パソコンもない。その環境でも、本社勤務と同じ内務もやらされた。資料もない、データもない。日常の書類も送られてこない。人員の配分を変更したのであれば、それにあわせて全員が対応すべきだということは誰にも伝わらない。6月から性格が変わったとは何気に感じていたが、10月で決定的になった。
11月は担当営業店への業後研修。通常業後研修は管理職と訪問するものだが、一人で訪問した。人員的に毎日管理職が出るのは厳しいとは思っていたが、せめて翌朝電話は入れるよう依頼したが、結局1度もその対応はなされず。研修に出向いて言われたが、私の部署は極めて営業店からの批判が多い。以前から心配はしていたが、ここで確信に変わった。
窮屈な仕事を強いられた一方で、5月からヨットチームに顔を出すようになった。クルージングにレース。ジブをいじるようになった、スピンを上げてみたなど、行く度に新しいことが身についていく。それはやっぱり楽しいことだった。私はクルージングよりもレースの方が好きだな。周りに誰もいないし、それ程気を使わなくてもヨットが動けばいいやって感じよりも、目の前真横に相手がいて、何をどうすればいいんだ?と考えながら乗っている方が性にあっている。
2009年は一体なんだったのか。
2008年も仕事にシステム移行の準備で仕事に忙殺されはしたが、その中でも身についたことは多かった。方や2009年はただ忙殺されただけに終わってしまったような気がする。このような感じ方のなかで、来年の目標は何だと聞かれてもそれは酷だ。総括するほどのものの記憶がない状態で、新たな目標を定めよといわれても、何ができるようになり、何が足りなかったのかわからない状態で目標など定められない。
来年の目標は・・・。
毎日毎日を記憶に残るように生活すること。
みなさま、良いお年を。
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