2012-01-08

『赤い三日月 小説ソブリン債務』 黒木亮




黒木亮、『赤い三日月 小説赤いソブリン債務』を上下巻読み終わった。邦銀海外支店、日系証券現法、商社を渡り歩き、処女作『トップレフト』に始まり現在は作家専業の著者の得意分野である「国際金融」の最前線は、ある種同業でありながら、そんな世界に一歩も踏み入れることができない私のあこがれの世界をいつも体験させてくれる貴重な存在である。

黒木亮氏の作品の魅力はは金融小説に留まらず、海外で生活をした、海外で労働をしたその息づかいが垣間みれることだ。登場する現地の町並み、食事、風景などの描写が非常に多く、いつかその地へ行ってみたいと思わせるだけの描写がされている。私は残念ながら行ったことがあるのはニューヨークだけであり、ぜひロンドンにも行ってみたいと思うし、本書『赤い三日月 小説ソブリン債務』の舞台になったトルコにも興味を引かれた。

本書で特に目を引いたのは、おそらく著者は最も訴えたかった場面ではないと思われるが下巻に登場する以下の場面である。トルコ向けシンジケートローンの案件について、国際審査部とのやり取りの場面だ。

部長
「ロンドン支店が本件を是非やりたいという理由は?」

但馬
「本件がトルコの今後の資金繰りにとって、重要な意味を持つ案件だからです。トルコは当行の長年の顧客であり、顧客が助けを必要としている時に、それを提供するのが取引銀行としての務めだと思います」

審査役
「当行は民間企業であり、株主に対する経営責任を負っておりますから、顧客に対する支援は、その範囲内で行われるべきと考えます。むしろ、こういう問題の多い国とは、この際、すっぱりと手を切ったほうがよろしいかと存じます」

但馬
「銀行は民間企業ですが、同時に、社会的責任を担う公共的な性格を持っています。そのことは日本の銀行法にも謳われております」
「本件は社会的意義が大きな案件であり、リスクもとり得ると思料します。審査役にお言葉を返すようで恐縮ですが、民間企業であるなら、リスクを見極め、ビジネスチャンスを追求する姿勢が重要だと思います」

部長
「銀行は単に損得だけで融資の判断をするべきではないのは但馬君のいうとおりだ。また、社会的意義のある案件というものは、たいがいきちんと返済されるものだ」
下巻、196〜198ページより引用。一部省略あり。
なお、トルコの状況については本書が舞台なった当時のものであり、2012年現在のものでないことにご注意いただきたい。

これらのやり取りは何も国際金融の場面のみではなく、取引先がトルコなのか、はたまた街の中小企業なのかの違いである。このやり取りの前にはトルコに対するカントリーリスクの記述もあり、私が取り扱う日常案件においてカントリーリスクを勘案する必要は全くないが、それ以外の点はきわめて日常的なことだ。また、頻繁にロンドンとトルコを行き来する場面もあるが、これも飛行機を使って相手の「顔」を見に行くか、スーパーカブで走っていくかの違いであって、国際金融であろうと国内中小向け融資であろうと、お互い組織同士の取引ではあっても最終的には「担当者同士の人間関係」と、案件に対する熱意が重要になる。この点も同じだ。

これまで黒木亮氏の著作は単なる1冊を除いてあこがれだけで読んでいたが、金融という1つの取引が長期に渡るものはどこも同じ、という今まで違った視点で読むことができ、主人公但馬の熱意に負けない仕事ぶりを発揮していきたいと思った2冊である。

0 件のコメント:

zenback